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福岡地方裁判所 昭和49年(行ウ)39号 判決

福岡市南区大楠二丁目八の二一

原告

岩岡正義

右訴訟代理人弁護士

竹原重夫

福岡市中央区天神四丁目一番三七号

被告

福岡税務署長

後藤一郎

右訴訟代理人弁護士

国武格

右指定代理人

泉博

大神哲成

江崎福信

中村程寧

本田義明

小柳淳一郎

江崎博幸

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和四六年五月一八日付でなした原告の昭和四一年分の所得税の更正処分及び重加算税、過少申告加算税の賦課決定処分並びに昭和四六年四月二三日付でなした原告の昭和四二年及び昭和四三年分の各所得税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分は、いずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告の答弁

(一)  本案前

主文と同旨

(二)  本案

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告に対し、原告の昭和四一年分ないし同四三年分の所得税について、次のとおり総所得金額及び所得税額の確定申告をなした。

〈省略〉

2  被告は、原告に対し、右申告に対して、次のとおり更正処分並びに過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分をなした(以下「本件更正処分等」という。)

〈省略〉

3(一)  しかし、原告の右各年分の所得は実質上不存在であつた。即ち、原告の税務担当者が、昭和四一年分ないし同四三年分の総所得額及び申告納税額を計算するに当つて借入金の支払利息を計上していなかつたので、前記1記載のとおりの確定申告をなしたのであるが、次のとおり右借入金の支払利息を計上すると、昭和四一年分ないし同四三年分の所得は実質上存在しないことになる。

〈省略〉

(二)  また、原告は国税の課税標準または税額の計算の基礎となるべき事実について、仮装隠蔽等の行為をしたことはない。

4  そこで、原告は被告に対し、昭和四六年六月二二日本件更正処分等について異議申立てをなしたが、本件口頭弁論終結時である昭和五一年六月一八日に至るも右申立てに対する決定がない。

よつて、被告が原告に対しなした上記の各更正処分並びに過少申告加算税及び重加算税の賦課決定処分は、いずれも所得額の算定を誤つた違法なものであるから、その取消しを求める。

二  被告の本案前の答弁

原告の本件訴えは、国税通則法一一五条一項に規定する不服申立て(異議申立て)の前置を欠いているから不適法である。即ち、原告が、請求の原因2で主張するとおり、被告が、原告に対し、本件更正処分等をなしたところ、原告は、これに対して昭和四六年六月二二日付で各異議申立てをしたが、その後の同年七月二八日付で、これらの異議申立てをいずれも取り下げている。

三  被告の本案前の答弁に対する原告の反論

原告名義の異議申立取下書が被告に提出されていることは認めるが、右書面(以下「本件各取下書」という。)の原告名義の署名は原告のものではない。また、その名下の印影は原告の認印により顕出されたものであるけれども、原告がこれを押捺したこともなければ、第三者が押捺するのに承諾を与えたこともない。即ち、原告には本件異議申立てを取り下げる意思はなかつたのであるから、本件各取下書による異議申立ての取下は無効であり、従つて、昭和四六年六月二二日付でなした本件更正処分等に対する各異議申立ては本件口頭弁論終結時にも有効に存続しているものというべく、本訴請求が不服申立前置を欠く不適法な訴えということはできない。右の事情を敷衍すれば、次のとおりである。

1  原告は、昭和四六年頃呉服の卸業を営んでいたが、商品買入れに際しては、倒産した商店の呉服を一括買取るという方法を再三繰返していた関係上、領収証を受け取らないものが相当あつた。また原告が事業を拡大させて今日に至つたのは、原告自身の勤倹努力によつて蓄積した資産の外に、昭和四六年一一月頃まで一〇年位に亘つて、請求原因(3)(一)の如き借り入れを行い、これを運転資金として利用していたからであつて、原告は右借入金に対し月三分の割合による利息を支払つていたのである。しかし、原告は、小学校を卒業したのみで読み書きも普通にはできず、帳簿類の記帳はもちろんのこと帳簿の数字を理解する能力も全くないことから、呉服の卸業を営むに当つて、税務関係は原告の顧問である訴外瀬戸税理士に担当させていたし、帳簿関係は右瀬戸税理士の事務所に勤務していた者を原告が雇傭してその事務を担当させていた。

2  ところで、原告は、右瀬戸税理士に対し、右の如き呉服の一括買取り及び借入金の利息の支払いは所得税の賦課決定に際して影響はないのかと相談したところ、いずれも領収証が存すれば原告にとつて有利であるからこれを集めてくるようにとの指示を受けたので、原告は右領収証の収集にとりかかり、本件異議申立取下がなされた昭和四六年七月二八日には右領収証の収集のために東京に出かけていたものである。そして、本件各異議申立取下書の原告名下の印影は、原告使用の印鑑により顕出されているが、それは原告が自己の事務所に保管していた印鑑を原告の娘婿である訴外永井が前記瀬戸税理士の依頼に基づき同人の事務所に持参して同人に渡したことによるものである。

3  右のとおり、原告は、税金が安くなるということで領収証集めに努力し、本件異議申立取下書が提出された昭和四六年七月二八日にもそのために東京に出かけていることからしても、原告に異議申立ての取下をなす意思がなかつたことは明らかであるし、また、前記瀬戸税理士が原告の税務問題を一任されていたとはいえ、税理士法は異議申立ての取下の重大性に鑑み、取下を特別授権事項としているのであるから、税理士が取下を本人名義でなす場合には、本人に対し、取下のもつ法的効果を十分説明し、取下の意思を確認すべきであつて、本件のように原告不知の間に取下げることは許されないところであつて、被告主張の異議申立取下は何ら効力を生じないものというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。但し、原告は、昭和四一年分について、昭和四三年八月三〇日総所得を二三〇万一四七一円に、申告納税額を四〇万二六〇〇円にそれぞれ修正申告をしている。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は認めるが、原告主張の異議申立ては、被告の本案前の答弁で述べたとおり有効に取下げられた。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  被告が、原告に対し、本件更正処分等をなしたこと、原告が、右更正処分等に対して昭和四六年六月二二日付で各異議申立てをなしたこと、ところが原告名義でその後の同年七月二八日に右各異議申立てを取り下げる旨の書面が提出されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、被告は、原告が右のとおり異議申立ての取下をなしているから、原告の本訴は国税通則法一一五条一項に規定する不服申立ての前置を欠く不適法なものである旨主張するところ、原告は、右異議申立ての取下は原告の意思に基づくものではないから無効であり、本件更正処分等についての各異議申立ては本件口頭弁論終結時にも有効に存続しているから、本件訴えは適法である旨反論するので検討するに、証人瀬戸晃の証言、これにより真正に成立したものと認められる乙第一ないし三号証証人永井達男の証言(但し後記措信しない部分を除く。)及び原告本人の供述(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、個人として呉服の卸業を営むとともに、訴外有限会社結城屋、同有限会社薩摩屋等をも経営する者であるが、読み書きの能力が必ずしも十分ではなく、帳簿類の記帳その他会計についての専門的な知識、能力もないことから、税務関係殊に税金の申告等の事務は訴外瀬戸税理士に一任し、帳簿の記帳、伝票整理等の事務は以前に右瀬戸税理士の事務員であつた訴外佐野、同執行の両名を雇傭して専ら担当させていたこと。

2  本件更正処分等に対し、原告は、右瀬戸税理士、訴外国府弁護士に相談して昭和四六年六月二二日に本件更正処分等に対する異議申立てをなしたが、その異議の理由としては、簿外の商品買入代金及び借入金に対する支払利息が存し、これらを経費に計上すべきであるとの点が考えられていたこと。

3  しかしながら、異議申立てはしてみたものの、買入代金や利息の支払いに関する領収証がないだけでなく、改めて領収証を取ることも実際上不可能に近かつたため、証拠上、本件更正処分等に対する異議申立てが通るか否かは極めて疑問であつたことから、異議申立てとは別に、嘆願書を提出するなどして被告と政治的に折衝したうえ、原告に有利な再更正処分がなされるように図ることも検討され、種々協議が重ねられた結果、結局後者即ち異議申立を取り下げ、政治的折衝による減額をねらう方途を探る旨決定されたこと。そして右の協議は、訴外国府弁護士の事務所で、主に同弁護士、原告の相談役であつた訴外高橋某、原告及びその娘婿永井らによつてなされたこと。

4  そこで、訴外瀬戸税理士は、右の決定に従つて異議申立取下書の作成を依頼されたのであるが、同税理士は異議申立ての取下には消極的な意見であつたこともあつて、原告に対し取下による不利益を説明したが、原告は前記の協議結果に従う意思を変えなかつたので、結局求められるままに、原告個人及び前記有限会社結城屋等の関係分をも含めて一〇数枚の異議申立取下書を作成して原告に渡したが、うち原告の昭和四一年度分の本件更正処分等に対する異議申立取下書一通については見本として原告の氏名をも代表して交付したこと。

5  その後、本件各取下書が提出された(このことは当事者間に争いがない。)ところ、それらはいずれも右一〇数枚の異議申立取下書の一部であること、そして、本件各取下書のうち昭和四一年度分の本件更正処分等に対する異議申立取下書を除く取下書中の原告の氏名は、瀬戸税理士以外の者によつて記載されたものであり、またその名下の印影は原告の認印によるものであること(印影が原告の認印によるものであることは原告の自認するところである。)。

以上の各事実を認めることができる。証人永井達男の証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は措信することができない。

右1ないし5に認定の各事実に照らして考えると、本件異議申立ての取下は原告の意思に基づいてなされたものと推認するに十分であつて、他に右判断を左右するに足る証拠はない。

三  以上の次第であつて、本件異議申立取下は有効であり、したがつて、原告の本訴請求は国税通則法一一五条に規定する不服申立ての前置を欠くこととなり、その点において不適法といわざるをえないから、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 小川良昭 裁判官 萱嶋正之)

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